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ブログ

2021.Aug.30〔Monday〕

”すき間(遊び)”と”ととのった美(合理性)”

こんにちは、塾長の太田です。

人は、日常から逸脱したことに、“遊び”の要素を見出し、「ははは」と笑うことが多いように思います。

“役立つと一般に思われていること”や、“日常的にすべきこととされていること”から外れたことに楽しみを見出すことは、日常的にすべきことを規定されている社会的人間の性質からして(そうした意味では、ルーティンワークはマイナスの意味合いをもつ傾向があるとも言えます)、当然の帰結とも言えます。

ただ、日常・非日常(行うべきこと・それから逸脱したあそび)ということは、表裏一体のもので、どちらがプラス・マイナスかということは、それぞれのことが語られる文脈によって変わります。

例えば、「ははは」と言って笑えないこととして、「歯歯歯」が挙げられます。

「歯歯歯」が「歯 歯 歯」の場合、歯並びが悪く歯と歯の間の空間が空いていた場合は、本人にとっては、歯と歯の間のあそびが、深刻なものとなります。

実際、思春期に、歯並びが悪くて長く悩んでいた私は、両親のおかげで、その悩みから解放されることがありました。

ただ、贖罪の念を込めて、一つ言えることは、「自分が変わることができないことを外的環境にせいにすること」と「実際に自分が変わることができること」は、全く別のことということです。

そうは言っても、何らかのきっかけができることは、大切なことであることはまちがいがありません。

 

開校4周年目を迎えて、日々、自省します。

「塾を営んでいる以上、特定のことを求められている日常の陰に潜む“あそび”の要素を照射する契機の一つとなることを希求する存在にならんこと」を。

ただ、一つの観点から眺められるほど、この世界は単純ではありません。

さらに、“規則”・“遊び”という要素も、二律背反的なものではなく、相互補完的なものです。

前述したことを換言しますと、「複眼的な視点で物事を眺められる生徒さんになっていただくことを希求する存在を目指す塾として、講師は、定点観測的な立場から外れた視覚(そうしたことを身に付ける鍛錬を続けることを通して身に付けられるであろう資格)を習得すべく努力し続けることの必要性」を改めて感じております。