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ブログ

2022.Nov.14〔Monday〕

“猫の休日”

こんにちは、塾長の太田です。

以前、ネコを題材とした“ガチャガチャ”についてふれたことありましたが、母親が、新しくなったネコの“ガチャガチャ”を出したらしく、見せてくれました(何か月か前のことですが)。

“新作品”は、キャンプをしているネコが題材で、“猫の休日”と題されていました。

複数個出したところ、同じものが出たようで、「欲張るといけないね」と母親が言っておりましたが、まだ見ぬキャラクターを見ると(付属のカタログをみると)、黄色いダウンベストを着ているグレーのネコがいたり、水色のカップを手にしている黄色のネコがいたりと、色づかいも洒脱です。

そのカタログをみた母親が笑いながら、「(ネコは)毎日、休日じゃないの」と。

以前、“仕事猫”についてふれましたが、通常の猫とのイメージとのギャップに、なんだか心が、かるくなります。

ただ、そうした印象は、あくまでも人間からみたネコのイメージで、当のネコからみたら、私たち人間は、どううつっているのでしょうか。“人間中心主義”に基づいた解釈の危険性は顧みず、そうしたことを考えてみたいという誘惑に駆られます。

そうしたことを考えていると、どこからか声が聞こえてきます、「人間と遊んでやってるの」。

例えば、我が家のかん太。私が朝起きてきて(生活のリズムから昼食どきですが)しばらくすると、台に上がってきて、なでてもらうことを望んでいるようです。また、別の部屋にいて、背中にスリッとした感じをおぼえると、かん太が。ただ、夜は、母親のベッドで寝て、朝方、母親の枕元でゴロゴロいっているそうです。甘えているとき、母親を強くかむことはないということですが、私には歯型がつくほど強くかむことがあります。ということは、私に対しては、やはり「お前と遊んでやってる」ということになるのでしょうか。

いずれにしても、猫と暮らしていると、“仕事”とは何で、“遊び”とは何かの境界線が、揺らいできます。言い換えれば、何を基準として物事を判断すればよいのか、その判断の基準がわからなくなることが、多々あります。

それは、言ってみれば、ネコが“人間世界”を異化しているような感覚。

そうしたことを考えていると、太田肇氏『「ネコ型」人間の時代』の次の一節が思い浮かびます。

「ネコを育てるには相手の意思を尊重しなければならない。相手のすべてを包み込むような懐の深さ、人間的な器の大きさが必要になるのである。だからこそ人はネコを育てながら自分自身が成長する。」

悩み多き人間の世界のなかで、その”悩み”の根源はどこにあるのか、私よりネコがその原因を客観的に観察しているような感覚をおぼえます。