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2022.Nov.25〔Friday〕
自転と公転
こんにちは、塾長の太田です。
中学3年生が「天体」を学習する時期となり、先日、生徒さんを指導していて、思い出したことがあります。
それは、20年ほど前、家族で松本市蟻ケ崎の放光寺に参拝に行ったときのこと(“厄除観音大縁日”の期間中だったため、多くの参拝者がいました)。
記憶にある場所は、六角堂。壁には「願い事を唱えながら左回りをして下さい」といった表記。
姉が立ちどまって、目を閉じ、その場で(立ち止まった一点から動かず)回っていました(向きはさておき、地球の“自転”とも言えそうな)。
もちろん、そのとき、私は、知らないふり(家族ではないふり)をしました。
六角堂は、正六角形をした御堂のそれぞれの一辺に、それぞれ六観音が安置されていることが由来で、六観音によって、人々が善の方向に教え導かれるそうです。
姉の行動は、いまでも、分析不能なままです。
何が正解で、何が不正解かは、何を基軸とするかで変わってきます。
分析不能なことが多々ある学習塾という文脈において、上記のことを考えたとき、“祈り”ということについて、あらためて考える今日この頃です。
六角堂と祈りについて考えていると、思考の迷路の中へ…そして、眠りへと誘われます。六角と眠りと言えば…。