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個別指導塾|安曇野市穂高|Minori

ブログ

2023.May.24〔Wednesday〕

おもしろい“誤答”―その5―

こんにちは、塾長の太田哲です。

ロートレアモン伯爵の詩の一句である「解剖台の上のミシンと蝙蝠傘との偶然の出会い」の対極をなすのが、「学校や学習塾の机上のテスト」と言えるかもしれません。

現実世界のさまざまな複雑な事象は、その属性を限りなく挙げたところで、解に到達したことには到底なりえませんが、テストに関しては、その属性を列挙していくことは同語反復に帰するものという言い方もできるのではないでしょうか。たとえば、解があるもの。また、現実をなりたたせている複雑な諸条件を極限まで省く、“無菌空間”のような設定の上に成立しているもの…。

ただ、「学校や学習塾の机上のテスト」に向かわざるをえない場合もあることのように、特定の目的に自分を合わせていくことが必要とされることもあります。以下で紹介させていただくのは、そうしたなかでの話です。

生徒さんを指導させていただいていて、ときどき、おもしろい“誤答”に出会うことがあります。

テストでは、条件が確固たるものとして設定されている(それがその“ゲーム”のなかでのルールとなっている)場合がほとんどであるため、問題作成者のレールから逸脱した解答は、残念ながら、×をつけざるをえないことがほとんどです。

ただ、生徒さんが意識的にそうしたと思われない場合でも、思いがけない視点が提示された!と感じさせてくれる解答があります。

このシリーズでは、そうした“誤答”を紹介していきたいと思います(そうした“誤答”に出会ったときに、随時、紹介させていただきます)。

今回は、英検(過去問)での“誤答”について。

A:Oh no!  I wrote the wrong date.  Can I use your ()?

B:Sure.  Here you go.

1  belt    2  eraser   3  coat   4  map

その生徒さんは、3番を選択。

もちろん、「文脈」(AとBの会話の限られた情報のなかでの“脈拍数”がかなり少ない「文脈」)や、「常識」の範囲のなかでの採択や、“テスト問題を解くという無菌状態”のなかでの所作に仮に想像力がまぎれこんだとしても、消去法を駆使してベターなものを選ぶといった事情を考慮に入れたときには、模範解答(2番)を選ぶということになるかもしれません。

その生徒さんが、それ以外にも、名詞に関する問題の誤答が多かったため、私も問題を眺めてみました。そのとき、感じました。

「文脈」といっても、AとBの会話が交わされた場所はどこなのかといったことや、AとBはどういう関係性なのかといったことに関する明確な情報は提示されていません。後者がわかれば前者がわかり、推測の精度は増しますが、どちらもわからない状況では…。

その生徒さんは、“一般的に”考えれば、適語を補充する箇所の前後を読んで「文脈」をつかむ力が今一歩かもしれませんし、単純に、適語補充箇所の前後も含め、分からない単語が多いだけかもしれません。

ただ、仮に、当該問題の場所の設定が冬のカフェで、AとBの関係性が若いカップル(ある程度の年月のあいだ交際しているカップル)だとしたら、ましてや、私のようにスマートフォンも持っていない偏屈者は別として、このご時世でしたら、模範解答が示す状況のようには消しゴムなど持っているはずもありません。そのようなとき、コートを消しゴムがわりにするなんて(コートの一部をカフェの机上の“bottled water”の水に浸せば、すぐさま消しゴムに、はやがわり)、なんて洒脱な行為なんでしょう!

そうしたことを考えていたときに、『ぼけと利他』のなかでの村瀬孝生氏の次のことばが想起されました。

「共進化」という伊藤さんの視点もまた、痛快感満載ですね。先日、母が床を拭いていました。よく見ると自分のはいていたパンツを脱いで雑巾代わりにしているのです。お尻丸出しで。「まさかパンツで拭きよるとじゃなかろうね。」怪訝な僕に「もっと、おおらかになれ!」と言い返します。母はパンツから雑巾の可能性を引き出していたのですね。

つづいて、伊藤亜紗氏が『手の倫理』でおっしゃっている次のことがアタマによぎりました。

やりとりの中で、メッセージが持つ意味や、メッセージそのものが生みだされていくタイプのコミュニケーションがあります。これが「生成モード」です。伝達モードでは、発信者が、あらかじめ準備されたメッセージを、受信者に向けて一方的に発していました。これに対し生成モードでは、やりとりは双方向的になります。つまり、「発信者/受信者」という役割分担が意味を成さなくなるのです。そこでは、「あらかじめ準備されたメッセージが相手のもとで違う意味を持ってしまうことは、コミュニケーションの失敗ではありません。生成モードにおいては、やりとりの中に生じるそうした「ズレ」こそが、次のコミュニケーションを生み出していく促進要因になるのです。生成モードの特徴は、この「その場で作られていく」というライブ感です。このライブ感に、発信者も受信者も(と仮に呼びます)巻き込まれているのです。つまり、メッセージがコミュニケーションの外部に存在しているのではなく、それと一体化したものとして、生まれてくるのです。

もちろん、今回の生徒さんの“誤答”についての私の感想は、そのようなことを言ったら、選択肢すべてに可能性が開かれていて、何でもありなのではないかということになりますが(ただ、“名詞”に関する問題ということが、一定の状況のなかで可能性を広げることにつながっている側面があります)、“常識”という便利なことばで、複雑な事象を分かったつもりになっている姿勢(そもそも“常識”は何かと聞かれても答えに窮する場合がほとんどです)に警鐘を鳴らしてくれた生徒さんに、感謝しています。